ゲームの勝ち≒社会の勝ち?

<原点回帰。活動の振り返りです。>

2015年年末まで、ゲームの勝者は「お金を一番沢山持っている人」でした。ゲーム開発半年間、そのことに、疑問を持っていませんでした。


開発WSプログラムを数回やった後、「お金を沢山持っている人が勝ち」を当り前の前提としていたことに気付きました。

「いろいろ言っても、どうせ世の中お金でしょ」と諦めていたのかもしれない。


「勝つ」って1つしかないのかな?

ゲーム開発に取り組んでから初めて、ゲームの優勝基準に疑問を抱きました。


もちろん、お金を稼ぐことはとっても大事だし、否定しない。

競争や勝負は、人類の発展に必要で、あるのが自然だろうし。

ゲームでも、社会でも、真剣にする競争は楽しい。


人生をはかる尺度は「お金」なんだろうか?

お金ってなに?

生きるってどういうこと?

社会や経済って、どんなカタチが原型なの?


どんどん疑問が湧き上がってきて、「?」を数珠つなぎし、自分の真意を見つけました。


社会や経済の中心は、”モノ”ではなく、”人とその生活”が真ん中にある。

社会と向き合って、「どう生きるか?」見つめる、考えるゲームにしたい!


勝っても負けても、全力で楽しむ。

ゲームの勝ち負けは、決まるけど、自分の勝ち負けは、自分の中で考えてねというゲーム。


社会や経済の素直な姿、生まれた姿はどんなものだろう?

玉ねぎのように、社会や経済の表層をドンドン剥いていくと、最後の芯に何が残るかな?

余計なモノを全部とった時、社会や経済の素直な姿、生まれた姿はどんなものだろう?


そうして時代をさかのぼって、貨幣経済が生まれた歴史を見ていきました。

社会や経済は、人が生きるためにある。

無自覚であっても、そもそも社会や経済に参加する人全員、より良く生きるために、参加している。


「誰か1人でもお弁当を食べられなければ、ゲーム終了!」

気付いた本質を基に、ゲームの肝となる以下のルールを追加設定しました。

「誰か1人でもお弁当を食べられなければ、ゲーム終了!」


当該ルールにより、曖昧だったゲームの定義ができました。


◇【ゲームのゴール 】終了せず、続けること。→「生きること。持続可能な発展。」

◇【ゲームの優勝基準】お金を一番沢山持っている。→「お金と自分、社会と自分を考える。」

◇【ゲームのねらい 】自由交渉→「自分で見て考え行動する。何を選択するか?どう生きたいか? 」


2015年年末から2年経った今、当時の定義の意図を、言語化し、価値付けすることがようやくできました。 前に進むのもいいけど、振り返りもいいなと思います。でも、引っ掛かる部分が色々あるので、ブラッシュアップを重ねます。